無痛分娩

当院では2000年代より硬膜外麻酔を用いた無痛分娩を導入しております。近年は無痛分娩を希望される妊婦様が増えており、年間100例前後の無痛分娩を行っております。当院は妊婦様により安心・安全な無痛分娩を提供できるよう、無痛分娩のコンサルティング企業LA Solutionsの監修を受けています。

無痛分娩の方法

当院で行っている無痛分娩で用いられる鎮痛方法は、主に硬膜外麻酔を用いています。

子宮や腟、外陰部、会陰部からの痛みを伝える神経は、体の他の部位からの神経と合わさり、背骨の中にある脊髄に向かって集まります(図 1)。硬膜外腔(図 3)という場所に注入された薬は、硬膜外腔の周囲の神経(図 3C)に作用します。

そして子宮や腟、外陰部、会陰部からの痛みを伝える神経をブロック(遮断)し、お産の痛みを抑えます。硬膜外麻酔は無痛分娩のときのみに用いられる方法ではなく、一般の手術のためや手術後の鎮痛の目的で日常的に使われている方法です。

無痛分娩のメリット

分娩に対する不安感や恐怖感、陣痛に伴う痛みといったストレスがかえって分娩進行を遅らせたり、パニックに陥ったりして母体と赤ちゃんに悪影響を及ぼすことがあります。
従って、分娩時の痛みを適切な方法で除去することは安全な分娩を行うためのひとつの方法と考えられます。
硬膜外麻酔では、痛みを伝える神経の近くに薬を投与するため、とても強い鎮痛効果があります。
また薬のお母さんへの影響は少なく、さらに薬が胎盤を通って赤ちゃんへ届くことがほとんどないことから、多くの国で無痛分娩の第一選択の方法とされています。

硬膜外麻酔はお産への影響は

  1. 分娩時間への影響:研究報告では、硬膜外麻酔を受けた妊婦さんは、分娩第 Ⅰ 期(お産が始まってから子宮の出口が完全に開くまで)は長くならず、分娩第 Ⅱ 期(子宮の出口が完全に開いてから赤ちゃんが産まれるまで)は平均14分長くなりました。 アメリカ産科婦人科学会は、硬膜外麻酔を受けた妊婦さんでは、分娩第 Ⅱ 期が1時間長くなることは許容されるとしています。
  2. 鉗子(かんし)分娩、吸引分娩への影響:鉗子や吸引は、分娩第 Ⅱ 期が著しく長い場合、お母さんの血圧が高い場合、赤ちゃんが産道を降りてくるときの進み方に問題がある場合などに赤ちゃんが出ることを助ける目的で使用されます。 硬膜外麻酔を受けた妊婦さんでは、いきむ力が少し弱くなるため鉗子や吸引の頻度が多くなります。
  3. 帝王切開率への影響:これまでの研究を分析したところ、硬膜外麻酔を受けても、帝王切開となる率が高くならないという結果が出ています。 

硬膜外麻酔の赤ちゃんへの影響は

  1. 生まれた直後に現れる影響: お母さんに投与した麻酔薬は一部赤ちゃんに移行しましたが、アプガーという人が赤ちゃんの状態を評価するために提唱した値(心拍数、呼吸状態、筋緊張、皮膚の色、反射を点数化)や赤ちゃんの意識状態、いろいろな刺激に対する反応を調べてみても正常で悪影響を認めませんでした。
  2. 生まれた後に時間がたって現れる影響:硬膜外麻酔が、赤ちゃんの成長過程に影響するかどうかを調べた研究があり、この研究では、19歳までの学習障害(IQと読む、書く、算数のテスト結果から評価)の有無を指標とし、硬膜外麻酔を受けたお母さんから生まれた子どもで学習障害が多くなることはありませんでした。

授乳に影響しますか

お母さんに投与した麻酔薬がどの程度母乳に移行するかを調べた研究は多くはありませんが、硬膜外無痛分娩で使われた薬が母乳を介して赤ちゃんに悪い影響を与えることはないと考えられています。
母乳育児のためには、出産後できるだけ早く母乳を赤ちゃんに直接与えることが推奨され、生後24-48時間以内に直接母乳を吸った赤ちゃんでは生後6ヶ月の母乳育児の割合が多かったと報告されています。硬膜外麻酔は母乳育児に影響を与えませんでした。

硬膜外麻酔はいつ行うのか

硬膜外麻酔は、陣痛が始まって痛み止めをほしいと感じた時点で開始します。 子宮口が3~5cm開く頃までに始めることが多いです。硬膜外麻酔を行う際には、ベッドに横向きに寝るか、座って背中を丸めた姿勢で行います(図 5)。 硬膜外カテーテル挿入を受ける人は図5のようにひざを抱え込み、ネコやエビのように背を丸くしてベッドに寝ます。最初に細い針を使って皮膚の痛み止めをします(注射をしている間は体を動かさないで下さい)。そして管を入れるためのやや太い針(硬膜外針といいます)を刺します。 このときは皮膚の痛み止めが効いているので痛くありませんが、押される感じはあります。 針の先を硬膜外腔に進め、その針の中を通して管を硬膜外腔に入れます(図 3)。 その後、針だけを抜くと柔らかい管だけが体に残ります。管が入ってしまえば、背中を下にしたり、体を動かしたりしても大丈夫です。 この管を入れるのは数分から10分程度の処置です。硬膜外の管から薬を注入すると20~30分で徐々に鎮痛効果が現れます。

硬膜外無痛分娩の実際

  1. 開始時期の決定:基本的には産婦が鎮痛を求めた時点です。子宮口開大3~5cm
  2. 急速輸液:酢酸加リンゲル液500~1000ml程度を負荷し、低血圧を予防します。
  3. 側臥位にて施行します。
  4. L2/3かL3/4の椎間から硬膜外腔を同定、通常は皮膚から3~5cmの深さ
  5. 硬膜外腔カテーテルを挿入します。(上図3、5参照)カテーテルを吸引し、血液や脳脊髄液の逆流がないことを確認します。以後注入前に毎回吸引試験をします。
  6. カテーテルから局所麻酔薬を注入します。
    血管内迷入所見(耳鳴り、口周囲のしびれ、金属味)やクモ膜下迷入所見(急激な感覚神経遮断と両側下肢の運動低下)がないことを確認します。
  7. カテーテルをテープで固定します。
  8. カテーテルより局所麻酔薬を少量ずつ注入します。
  9. 局所麻酔薬を合計15ml硬膜外腔に投与します。
  10. 血圧を2分30秒毎に30分間測定します。
  11. 低血圧は輸液とエフェドリンの静注で治療します。胎児心拍に異常のないことを確認します。
  12. コールドテスト(冷たさが減弱した範囲を確認する)を行い、麻酔薬の拡がりをチェックします。
  13. 麻酔範囲が必要十分であることが確認されたら、薬液注入用のボタンをお渡しします。痛みを感じたらボタンを押していただきます。
  14. 麻酔薬がお尻の方に広がるようにできるだけ坐位で過ごしていただきます。
  15. 定期的に診察(鎮痛効果、合併症の有無、分娩の進行や胎児心拍数など)を行います。
  16. 原則として娩出まで局所麻酔薬注入を続けます。
  17. 陣痛自体が弱くなったり、いきみが不充分になったりする場合は陣痛促進や吸引分娩が必要になります。

当院の無痛分娩の実績(2024年)

総分娩数:1241例 
無痛分娩総数:136例(経腟分娩:123例・このうち吸引分娩:57例、帝王切開分娩:13例)